2011年7月26日火曜日

津軽三味線ライブin神田の家 ルポ!


どうも、毎度お馴染江戸紫です。
今回は昨日神田の家にて開催されました、
小山豊さんと新田昌弘さんのデュオOYAMA×NITTAによる津軽三味線ライブについてお送りいたします。
実は今年の5月にも神田の家で新田さんのライブがございましたが、
そのときは三味線一人と篠笛一人の演奏でしたので
三味線が二本になるとこんなにも印象が違うものなのかと感激いたしました。
1+1>= 100という感じでしょうか。
力強い音の響きに神田の家が震えていました。






開場前の客席。限定20名様というかなり贅沢なライブでした。







右の青いシャツを着ている方が小山流三代目の小山豊さん。
左が新田流二代目、新田昌弘さんです。
お二人は演奏前、お隣の神田明神で正式参拝をされ、
お祓いをうけて心身統一、本番に臨まれました。








やはり、カーネギーホールでフルコンサートを成功させタイムズ紙に絶賛されるだけあって
お二人は相当な実力をお持ちです。










このライブでは古典の曲よりも、お二人のオリジナルの楽曲が主でした。
スタイリッシュな衣装に洗練された現代楽曲が、
神田の家の雰囲気とこれまたいい具合にシンクロしています。









MCも無駄なくスッキリかっこよかった!
見切り発車MCと揶揄される江戸紫も見習いたいです。








神田の家の屋号「井政」の前で一枚。
OYAMA×NITTAのお二人、そして会場に来てくださった皆様、ありがとうございました!!

2011年7月18日月曜日

なでしこジャパン優勝にちなみ

なでしこジャパン優勝おめでとうございます。
いやー、すごいですね、すごいですね。
江戸紫も見習わんとあかんなあと思いました。


ところで、なでしこは神田の家の遠藤家の家紋でございまして、
神田の家のいたるところになでしこの花がございます。

玄関の上にも。


お茶室の欄間にも。


玄関の、えっとなんて言うんだっけ。


なでしこジャパン、おめでとう!



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2011年7月15日金曜日

ほおずきを一面に

こんにちは!今日も暑いですね~
神田の家では毎年夏の間、ほおずきを一面に飾っておりまして
先日飾り付けを完了いたしました!




こんなかんじ。
すでに乾燥してカラッカラですが、
美しい赤色(緋色?橙色?)は健在ですので
神田明神にお参りの際はぜひ神田の家まで足を伸ばしてみて下さい☆



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2011年7月13日水曜日

京都神田明神例祭ルポ 後篇

さて、今日で京都神田明神例祭ルポは終わりです。


お祭りの事は大体書いてしまったのでどうしたものだろうと思っていたのですが、
お得意の「祭のあと」を書こうかなと思います。


祭祀で使用された切麻は、
普段神社をお守り下さっている緒方さんのお弟子さんがお掃除してくださいました。
ありがとうございます。
きっと日本一の料理人さんになられると思います。



祭典終了後は現地解散となり、江戸紫はなでしこ姉さんと八坂神社へ向かいました。


境内にある「美御前社」で美しい大人の女性になれるよう入念にお参りしました。
それなのになぜか昨晩から左目にものもらいができてお岩さんのようになっています。
やはりお賽銭をケチったからでしょうか。
眼科代のほうが高くついてしまいました。





その後なでしこ姉さんと別れ、一人四条をさまよっていた江戸紫は
旅すがら手に入れた梶の葉に願いを書いて鴨川に流そうと思い立ちました。
昔々の七夕には、梶の葉に詩歌を書いて飾ったそうです。
現代版、ということで鎌倉の神社の七夕でも梶の葉を模った色紙が用意されていたりします。
http://news.hachimangu.or.jp/Contents/info_a/Images/20110607093458_1.jpg
前日は七夕、一日くらい遅れたって大丈夫、ということで
意気揚々と鴨川へ向かいました。




願いを込めてえい! と投げた梶の葉が鴨川に着水。
勢いよく下流に向かって流れていくかと思いきや
良い流れに乗れなかったらしくのろのろ水面を流れていき
草むらに引っかかって止まりました。
非常にせつない気持ちがこみ上げてきました。
人生うまくいかないものです。




意気消沈して川岸から上がってくると
まあなんときれいな夕焼けでしょう。
四条大橋では皆さんこぞってカメラや携帯を手にこの素晴らしい夕日を写真に収めていました。







そして、夜の先斗町へ消えていきましたとさ。



例祭の様子は7月9日の京都新聞に掲載していただきました。
お参りの方が増えるといいです。

2011年7月12日火曜日

京都神田明神例祭ルポ 中篇


はい、昨日に引き続きまして
今日は京都神田明神例祭の様子を詳しくお伝えいたします。

ところで皆様、神社のお祭りって参列したことありますか?
お神輿を担いだり、屋台でチョコバナナを買ったりしたことのある方は多いかと思いますが、
祭祀に参列となると、あんまりないのではないでしょうか。

かく言う元巫女江戸紫も祭祀を始終見るってことは数えるくらいしかなく、
自分が舞を奉仕するお祭り以外は他の仕事で走り回っていたので(巫女はなるべく走っちゃいけないんですけどね)、
今回は貴重な機会をいただきました。

お祭りの手順としては、地鎮祭やなんかとほぼ同じなのですが
ご存じの無い方のために、追って説明いたしましょう。

修祓(しゅばつ)
まず神職さんが祓言葉っていう呪文みたいものを奏上します。
奏上の間、かなりの角度で腰を曲げなくてはならず、
巫女時代は罰当たりにも早く終わらないかなと願っていた時間でもありました。
まったく巫女の風上にも置けません。

神職さんが持っているのはお榊です。
これをわっさわっさと振ってお祓いするわけですが、
よくアニメとかコメディードラマとかでは激しく振りすぎてるのが印象に残ります。
正式には左、右、左に振るだけでいいんです。
そういう業界の方は覚えておいて頂けると精神衛生上助かります。


降神
神職さんが「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」とお腹の底から声を出して
文字通り神様(ここでは平将門)に降りてきてもらいます。
かなり大きい声なので初めての人はびっくりします。
経験から申し上げますと、神職さんが太っちょであればあるほど迫力があります。


献饌
お供えしたものを神様に食べてもらいます。


祝詞奏上
先ほどの祓言葉以上に長時間腰を曲げる、自分との闘いの時間です。
今回のお祭りの報告、といいますか、感謝の念というか
そういったものを神様に伝える場面です。
神職さんが持ってる祝詞は手書きなんですよ。
こういった所はデジタル化されない良いところですね。
用意するのに時間がかかって大変なんですけどね。


清祓
逆光ですみません。これでもフォトショで補正したんです。。。
鳥居が新しく建立されたので、その鳥居をお祓いします。
切麻(きりぬさ)という紙吹雪みたいなものでお祓いします。


玉串拝礼
参列した人が玉串を持って神様にごあいさつします。
玉串を受け取ったら、時計回りにくるっと回して根元が神様の方向を向くように置くのが正式なやり方です。
今回は、空也堂のお坊さん、芸艸堂の方、町の方々や神社を日々守ってくださっている料理屋の緒方さん、
もちろん神田の家スタッフも拝礼しました。
とても狭い神社なのですが多くの方に参列いただて、きっと将門さんもお喜びでしょう。


念仏…読経?逆光ですみません。
空也堂の方々に念仏…というのでしょうか、お経?
すみません、不勉強な江戸紫、仏教の事がよくわからないのでどなたか教えて頂きたいのですが、
とにかく、将門公の供養のために唱えて頂きました。


撤饌

お供え物を下げます。
下げるといっても動作としてはふたを閉めるだけです。


昇神
「おおおおおおおおおおおおおおおおお」と言って神様にお帰り頂きます。




流れとしましてはこの様な感じです。
お祭りを体験いただけましたでしょうか。
明日は京都神田明神例祭ルポ 後篇です。お楽しみに。

2011年7月11日月曜日

京都神田明神例祭ルポ 前篇


どうも、江戸紫です。
今回は、7月8日に執行されました京都神田明神例祭についてです。

京都神田明神?そんなもん聞いたことないぞ!
第一、京都なのか神田なのかハッキリせい!

と思われている方が大多数だと思いますが、
京都神田明神というのは、
坂東で打ち取られた平将門公の首級が京都に運ばれ晒された場所にある、
将門公をお祭りしている神社です。 なので京都です。


神田の家と京都神田明神がどのような関係にあるかと申しますと、
神田の家の先代の家主、遠藤達藏氏が
大手町の将門塚保存会の会長と、神田明神の氏子責任総代を務められておりまして、
将門公とはゆかりが深かったわけですね。

数年前まで、現在の京都神田明神のあった場所は神田神宮と呼ばれ
民家の軒下にお社が埋め込まれるような形になっておりました。
そして、現在の神田の家の家主が昨年その場所を改修して、
京都神田明神としてどなたでも参拝できるようになったという経緯です。

説明はこれくらいにして、当日の様子をお伝えいたしましょう。

当日はお日様のお元気がおよろしく
最高気温が33度だか34度だか。。。
暑さで気化してはいけないので、氷柱を境内入口に二つ、お社のわきに一つ置きました。
見た目は普通の長屋ですが、中が神社になっています。

参道の壁には京都神田明神の浮世絵が飾ってあります。
右手に見えますのは、 今年やっと建立できた念願の鳥居です。

神饌を載せる台(「案」といいます)を組立て中。


例祭は、神田明神の神職と空也堂の僧によって執り行われました。
上記の写真は例祭前の打ち合わせの様子。


空也堂さんというのは、 正式には紫雲山光勝寺極楽院といい、
939年、空也上人が開創された天台宗のお寺です。
将門公を京都でずっとお鎮め下さっていたお寺でもありまして、
以前、京都神田明神がある路地は「膏薬の辻子」と呼ばれていましたが、
「膏薬」は「空也供養」が訛ったものとされています。



さて、明日は京都神田明神例祭ルポ 中篇です。
祭祀の様子を詳細にお伝えいたします。

2011年7月8日金曜日

リストラからの守護神


こんにちは、おせんです。
先日ネットでいろいろ検索していたら、
はは~~なるほどという記事がのっていました。

最近、平将門公は「リストラからの守護神」として会社員の方々から
深い信仰を集められているそうです。

もちろん京都から首が胴を求めて大手前に彷徨帰って来た。
首がつながったという逸話から、
リストラからの守護神なのだそうです。

神田の家のスタッフが将門塚のお掃除に月2回行っているのですが、
参拝される人がやはり多いみたいです。

将門公が沢山の人に親しまれる事は、
前将門塚保存会長の先代や私たちスタッフも嬉しいのですが、
このせち辛い世の中、リストラの嵐が吹き荒れるのはツライですね。

2011年7月7日木曜日

市中繁栄七夕祭 の巻






玉の輿に乗れますように。
















今日は七夕ですね。
お隣神田神社さんも、本日の七夕祭に向けて笹の葉が飾り付けられています。
このお天気だと今年は織姫と彦星は会えなさそうです。残念。






神田の家でも関係者の願い事を笹の葉に飾っています。
江戸時代は手習いの上達をお願いごととして短冊に書いていたそうですよ。

そもそも七夕は、
日本古来の機織津女(たなばたつめ・水辺の機屋にいた巫女)信仰が、
大陸文化が流入した奈良時代以降に
織姫と彦星の伝説に置き換えられ、「乞巧奠(きっこうでん)」という宮中行事として始まったものだそうです。

中世以降、 穢れ祓いのお祭りとして一般にも広まっていったみたいです。

江戸時代には五節句の一つとされ、正式な式日として盛大に祝われました。
6日の夕刻に、屋根より高く七夕飾りが突き立てられ、
人々は飾りの高さを競い合っていたようです。
そんなに高さのある竹の流通経路や販売方法が気になりましたが、
物干し台などに竿を掲げ、その先に飾りをつるした笹を括り付けていたそうです。
なるほど。



そろばんと大福帳。
大福帳というのは商家で使われていた帳簿の事です。


このスイカはどうやって括り付けたんでしょうか。







強風が吹いたら結構危ないと思うので、今の日本では出来ないでしょうね。
ちなみにこの飾りは7日の夕刻、または8日に片づけて海や川に流し、
穢れを祓い流したのだそうです。





さて、25日の新田昌弘さん、小山豊さんの津軽三味線ライブはちゃくちゃくと準備が進んでいます。
詳細が決まり次第、神田の家HPのイベントページでお知らせしますのでお見逃しなく。